放射線治療のない日曜日は一人きりでちょっとだけ寂しかったな…
前回の記録は、↓こちらから読めます。
本当にまったくの偶然なのですが、いまこの記事を書いている2018年6月6日と、UASオンコロジーセンター(現 UMSオンコロジークリニック) で治療を始めた時期が同じ頃。
梅雨のジメジメした空気感は、南国鹿児島ではさらに強く感じられました。
そのうえ、だんだんと副作用と思われる“遠くからの吐き気”が増してきて、どよーんとした気持ちになりがちでした。
と言っても、二日酔い程度の軽さではありましたが。
そこらへんのことをボヤいていた、2008年6月8日の日記です。
どうやら、この日は日曜日で治療がなかったようです。
(※このブログでは、名称等を当時のまま表記しています)
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この大食漢のわたしが、食べ物をあまり受けつけない。
食べることに異様な執着心をもっていたこのわたしが、である。
大食"漢"だと男性のことなのかな。
だけど、過去に男子並みに食べていたのは事実。
やはり副作用なんだろうか。
それとも環境に慣れていないのだろうか。
わくわく感が薄らいでいる。
癌研に入院したときは、手術が控えているにも関わらず、海外にでも行くかのような気分が心のどこかに潜んでいたし、期間中もほとんどその思いは消えなかった。
まだ6日目だぞ… もう飽きたか。
あと5週以上あるんだぜ。
6週間じゃ終わらないって言われたんだから。
昨日よりも雨が多いので、出かけたくないのもあるか。
治療もないし。
なので、ぶっ続けで本を3冊読了。
内容が軽かったから読めただけだが。
天気がよくて、元気な気分だったら日帰り温泉でも行ったのだけど。
ついに療養モードにハマったみたい。
数日はおとなしく病人らしくしておこうっと。
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基本的に何をしてもいいと再三書いていますが、天気がよくなくて沈んでいたみたいですね。
この日の鹿児島のお天気はどうだったかというと、最高気温が23℃。
1時間あたりの降水量は、最大で13時の7mm。
同時期の平均気温は28.5℃だそうですから、ちょっと例年より低い気温だったんですね。
(以上すべて 出典:気象庁|過去の気象データ検索)
普段の日曜日と、なんら変わりのない一日でした。
入院していたら、友達や同僚がお見舞いに来てくれたりするのでしょうが、東京から鹿児島まで来てくれる人もなく。
数週間後に、わざわざ東京から来てくれた友人はいましたが、それも一人だけ。
もともと、友達も少ないので。
一緒に治療を受けている人の中には、土曜日に治療が終わってから地元に帰る方や、ご家族と鹿児島観光に行く方もいらっしゃいました。
仲良くさせてもらっていた治療仲間もそのような人ばかりでした。
ですから、私は日曜になると一人で過ごすことが多かったです。
当時はまだ独身でしたし、おつきあいしている人もおらず、家族は実家に一人で暮らす母だけ。
この母もまた、自分で旅行に行くなどということをしない人ですから、休日は、入院先のスタッフや患者さん以外の誰とも会わないことがほとんどでした。
こういうとき、ちょっとだけ寂しい思いをするかもしれませんね。
慣れない土地で、仲の良い人ともあまり会わず、静かに一日が過ぎていく。
ましてや、どこにも出かける気分になれない日。
体調も、寝込むほどではないにせよ、どこかすぐれない。
やはり本を読んだりして過ごすしかなかったかな。
いまなら動画サービスなんかも豊富ですね。
10年前にもオンライン英会話なんてあれば、2ヶ月も休んでいる間にどんどんレッスンしたのに。
良く言えば「時間に余裕が生まれる」。
別の言い方をすれば「ひまを持て余す」。
がんになって、自分の人生を振り返ってみると、後悔とか、後悔とか、後悔ばかりが湧いて出てくると思うんです。
私もそうでした。
何かバチが当たることでもしたのかな。
自分で気づいていないだけで、きっとそうなんだろうな、とか。
だけど、治療期間が進んでいくにつれ、無理に自分を責めることもなくなりました。
それだけ、心にゆとりが生まれたんですね。
もし、いまのように便利なものがあふれていたら、もっと心の底から楽しいことだけを満喫する期間になっていたことでしょう。
痛いとか、苦しいとか、つらいとか、助けてほしいとか、そういったネガティブなことに襲われることはほとんどなかった2ヶ月間。
がんを治すことと並行して、自分の教養を蓄える時間にできたかもしれません。
10年が経って、いま、そんなことをのんびりと夢想している。
もう10年も経った。
そんなことを、しみじみと、噛みしめる。
あのときと同じ梅雨の時期、だけど、ちっとも同じじゃない梅雨空の下。
関東は今日から梅雨入りです。