鹿児島に来て3日目、乳がんであることを忘れそうなおだやかな一日
前回の記録は、↓こちらから読めます。
今日で3日目。まだ3日目。もう3日目。
さっそくこんな思いから書いていました、2008年6月5日の日記。
一日が終わって、寝る前に書いていたのかな。
当時はまだガラケーで、ノートPCで優雅にカフェで……とはいかなかった。
ポチポチとテンキーを打っていた覚えがあります。
どんなことを書いていたのか、今日も見てみましょう。
(※このブログでは、名称等を当時のまま表記しています)
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宮崎から来たという70歳代くらいのご婦人と、東京から来たという40歳代くらいのご婦人。
やはり、お互いの病気の話になる。
お二人とも、やさしくて穏やかな話しぶり。
がんにかかる人は、いい人だってS先生が言っていたっけ。
わたし、彼女たちほどのいい人じゃないけどな。
周りを見渡しても、わたしは最年少。
ちょっと浮いた存在。
おじいちゃん・おばあちゃんもいる。
わたしの祖父母はもう他界しているので、なんだか懐かしい気持ちになってしまった。
生きていたら、もう少し甘えてみたかったなぁ。
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UMSオンコロジークリニック(当時の名称はUASオンコロジーセンター)には、本当にいろんな世代の人、いろんなバックグラウンドを抱えた人たちが、クリニックに来ています。
それはもちろん、どんな場面においてもそうなのでしょうが、がんという同じ病を患って、そして、はたから見ると「なんでそんな治療法を選ぶの?」と言われた経緯を持った同士というか、仲間というか、共通点が見いだされると、とても近づきやすくなりますよね。
ここに書いている「東京から来たという40歳代くらいのご婦人」とは、治療が終わってからも一番仲良くさせてもらっています。
この治療が終わってから、別のがんが再々発したのですが、そのときも何度もお見舞いに来てくれたり、調べものを手伝ってくれたり、食事に行ったり、舞台公演で衣装を貸してくれたり。
ああ、恩返しが全然できていないな。
このところ、ちょっとお会いできていないな。
元気にしてるかな、Mさん。
そうそう、朝起きてから治療まで、これまた時間があるので、いろんなことができます。
この日は、かねてから見つけておいた示現流兵法所史料館に行くことにしました。
病院からは、歩いて5分くらいだったかな。
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治療は今日も午後からなので、病院の近くの示現流史料館に行ってみた。
古式剣術の一派で、よく時代劇にもその名が出てくる。
最近、榎木孝明さんがテレビ番組のインタビューで触れていて、わたしはそれで知った。
敵の正中線を見定めて…という点でカンフーと通じるものがあるかもと思って。
受付のおにいさんは、見るからに薩摩隼人そのもの。
丸っこくて濃いめの顔立ち。武道着もちゃんと着て、ややヒマそう。
示源流の歴史に関する展示物を一通りと、稽古用のビデオを5分くらい見せてもらった。
太刀も握らせてくれて、道場で体験もできた。重かった…
なぜ、ここに来たのかを訊かれ、療養のためだとか、カンフーの練習を一人でやるのには寂しいとか、かいつまんで話した。
2ヶ月くらいいるんだけど、習えないの?と言ったら、女性は受け入れていないそうな。
ちぇっ。
しかし、気が合ったのか、焼酎が呑めるところを質問すると、おにいさんの行き付けのお店を教えてくれた。
よーし、うまく行きましょう、うまく!
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いまはもうやっていませんが、カンフーを習っていたので、朝食前に入院先の廊下や、ザビエル公園で、よく套路を練習していました。
こんなの↓
Wudang Taiyi Wuxingquan 武当太乙五行拳 (宋相辉师父)
カンフーの話よりも、示現流史料館。
私は歴史に疎いので、正直申し上げて、興味持てる部分はないのですよ。
ですが、道場があって、少しだけやらせてもらいました。
もしここで習うことができていたら、病気の治療だけでなく、さらに強靭な精神が鍛錬されていたのかもしれません。
それが終わっても余裕で時間は余っており、なんでもできて、どこへでも行けました。
お昼には入院先へ戻ってきて、昼食を済ませ、昼寝もしていたみたいです。
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ちょっと昼寝をしてから、センターへ。
今日も点滴から。
200ccくらいの生理食塩水に10mgのシスプラチンという薬。
通常の処方の1/10くらいの量だそう。
吐気も絞めつけ感もなし。
これが積み重なってくると、だるさや吐気が現れてくるかもしれないらしい。
その15分くらいの間に、お風呂屋さん情報などを看護師から仕入れた。
なるべく楽しいことだけを思い描きたいからね。
今日の回転ずしのネタは、かにみそかな。
グレーのシャツなので。
照射の時間は今日も20分くらいで終了。
いつも治療の実感はない。
わたし自身には動きがないので、まるで人気のないすしネタのようだ。
乗りっぱなし、回りっぱなし、てやつ(いや、だからこれは回らないってば)。
いつかプラスチックの蓋でもかぶさるのだろうか。
終わって帰ろうとしたら、先生からお呼び出し。
放射線治療のときの服を、もっとぴったりめのものにしてほしいとな。
わたしの場合、他の患者さんより胸も腫瘍も大きいので、服にたるみがあると照射に都合が悪いんだって。
“脱ぎましょうか? わたし、平気です”
と言ってみたが、脱げばいいってものでもないらしい。
よくわからんねぇ。
そしたら、近日中にぴたぴたシャツを仕入れなきゃ。
夕方にはセンターを出られたので、天文館の観光案内所へ入ってみた。
来週、母が来るので対策を練るため、ガイドマップをいくつかもらった。
だけど、何がオススメか、たくさんありすぎてお手上げ。
帰って看護師さんたちに訊くのが手っ取り早いか。
そうしよ。
鹿児島での一日は早い。
明日は何をしよう。
温泉に浸りながら考えるか。
てなわけで、お風呂屋さんに行って、サウナにも入って、帰ったら本を読んで、焼酎こっそり呑んで、本日はこれにて。
おやすみなさい。
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実にのんびりしていますね〜。
別のがんで入院していたときは、それなりに焦りとか、イライラもあったけれど、ここでは皆無に近かった。
もともとイラチのせっかちなので、つい、人のアラ探しのようなことをしてしまいがちでした。
ですが、鹿児島の、のほほんとした空気感を体験して、そこも少しずつ矯正されていったんだな。
この日で3日目。まだ3日目。もう3日目。
遠い12年前のできごと。
このときは10年先のことなんて、考えてなどいなかったけれど。
鹿児島を満喫しているキミ、10年後はうんと幸せになっているよ、と言ってあげたいな。