生きた証をつらつらと 〜2つのがんを同時に患いました~

直径10cm・転移3か所・ステージIIIの乳がんを切らずにUMSオンコロジークリニックで治療し、子宮頸がんも4度の手術で温存して12年が経っても、まだ息をしている女の生き方

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人を頼るということ

前回の記事はこちらから読めます↓ 

blueguitar.hatenablog.com --------

子宮頸がんで癌研有明病院(現在の名称は がん研有明病院)に入院したとき,いろんな人がお見舞いに来てくれました。

友だちなんて多いほうじゃないのに,過去の日記を読み返すと,多くの人に支えられ,助けられていたことに改めて気づかされました。

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夜から朝にかけてカーテンを閉めきって泣いていたので、看護師さんたちが代わるがわる励ましに来てくれた。

黙って状況だけを聞いていた人。

若い頃の母に似ていて、自身も娘さんを一人で育てているという人。

手を握り続けてくれていた人。

…などなど。

 

婦人科の主治医のS先生も来た。

「乳腺科のカルテ見ました。これはがんばるしかないと思います。セカンドオピニオン考えてるの? どういう選択をしようと、わたしは応援しますから、何でも言ってください」 

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この日はたしか,入院中に乳がんのために受けていた検査で,転移が見つかったことと,腫瘍が大きすぎて再建もできないと言われたのでした。

4人部屋で,他のベッドのみなさんと仲良くなったのに,誰とも顔を合わせたくなくて,ずっと泣いていました。

だけど,私の気持ちなんてわかってくれる人なんていないとずっと思って生きてきたので,迷惑はかけられないし,みなさん自分のことで精一杯だし。

そう思ってふとんにくるまり,カーテンを締め切っていました。

 

がん専門の病院,やはりいろんな患者さんがいるためか,そうした人への対処はバッチリなんですね。

押しつけがましくなく,だけど,ホッとさせてくれる。

そういうスキルのおかげもあって,安心して入院生活を送ることができました。

 

そして,同室だった3人のおばちゃんたちにも恵まれました。

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同室の方々とも、だいぶ仲良くなった。

当然(?)わたしは最年少。

Nさんからはお煎餅をもらった。

いつも賑やかな人。

他の部屋からの来訪者が絶えない人気者。

Wさんは物静かだけど、わたしがマクロビオティクスの話とかすると、興味深く耳を傾けてくれて、質問攻め。

Tさんにご家族の話を伺ったら、ご子息は母親のがん宣告に驚くどころか、 「“経験値が増えて、いーなー”だって(笑)」

そうか、経験値か。

それ、いただき。

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楽しい人たちでした。

乳がんの治療後に子宮がんが再々発して,別の病院に入院・手術したときにはお見舞いに来てくれました。

今もお元気でしょうか。

 

その2年半前にも,同じ病院に入院し,同じように4人部屋だったし,鹿児島から帰京して再々発したときは別の病院で6人部屋だったけれど,こんなに楽しい人たちと出会うことはありませんでした。

運というか,めぐり合わせもありますね。

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この頃から,人に頼るということができるようになってきました。

乳腺科のお医者さんと,なんとなく合わなくて……という話をNさんにこぼしたら,こんなことを言ってくれました。

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主治医と空気が噛み合わないの?

それはとことん話し合った方がいいよ。

同じ放射線仲間があなたと同じ病気だから、聞いてあげるよ。

セカンドオピニオンも「期待しませんが…」なんて言っちゃダメ!

どうしてもこうしたい!って言って捕まえなきゃ。

ナプキン足りなくなっちゃったの?

わたしはたくさん持ってきてるからあげるわ。

入院長いからね~、かかかか! 

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こんなことをアドバイスしてくれる人は,身近にいませんでした。

10年以上経った今,こうして見てみると,特別なことは言われていないんですよね。

 

私は自分のことをかまってちゃんだと思っていて,それで迷惑をかけたくないから黙っている,そういう主義というか,そう思っていました。

だけど,本当に頼るべきときと,自分でやるべきときの区別ができていなかっただけなのです。

数日後にお見舞いに来てくれた友人から言われたことも,日記に書いていました。

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わたしも頼っていいと思う。

留学していたときに、学校側のトラブルで寮に入れないかもしれなくなって、言葉はできない、方法もわからない、どうしよう! ホームレスか?

そうしたら、当時22歳のわたしが16歳の子に言われたの。

その子はスペイン生まれの日本人で英語も日本語もできる子で、

「どうしてわたしや周りを使わないの! こんなの電話1本で済むのに。

 自分でなんでもやろうとするの、日本人の悪いところだよ!」 

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人に頼るのって,むずかしいし,プライドみたいなものが邪魔するときもあるけれど。

 

「恥ずかしいことじゃない」という表現があるけれど,「恥ずかしい」という情動とはまた違う,奇妙なクセ。

頼った後は,きちんとお礼を言えばいいだけのこと。 

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「この人には何を言っても無駄だ」という環境で育ったので,そんなことすらわかっていなかったのだ。

今忙しい。

甘えるな。

そんなの自分で考えなさい。

なにか愚痴りたくて話してみても右から左、ボキャブラリの少なさゆえ、返ってくる答えはいつも同じ。

「世の中いろんな人がいるのねー(棒)」

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当時の私,ちゃんと自分のことを分析していました。

そこから10年以上かけて少しずつ積み重ねてきた『頼りかた』。

 

今はどうなんでしょう?

上手に人を頼ることができているのでしょうか。

自分でもよくわかりませんが,当時の息苦しさに比べれば,まったくもって幸せな毎日なので,うまくいっているのかな。

そんな気がします。

人に頼む技術コロンビア大学の嫌な顔されずに人を動かす科学

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「つらいのに頼れない」が消える本―――受援力を身につける

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