顔も憶えてない父と二十年以上ぶりに再会してクルマを買ってもらった話1
前回の記事はこちらから読めます↓
--------
はてなのお題に乗っかります。
私の両親は離婚しており,母がひとりで育ててくれました。
物心ついたときには家庭内は母と私のみ。
顔も憶えていないうちの離婚でしたから,家の中には父親というものがいないのが普通でした。
20代に入った頃だったか,ある日突然,見知らぬ男性が2名,我が家を訪れました。
玄関を開けると,うるんだ目を見開いて私の名前をつぶやくおじさんが立っていました。
知らない人が私の名を呼び捨てでつぶやき、キラキラと目を輝かせているので、ちょっと引きました…
聞けば,それは私の父のお兄さん,つまり伯父さん。
そして,その従兄弟。
祖母が亡くなったので,形見を分けに来たのだそうです。
母が出ていったときの住所だけを頼りに,四国からわざわざ700kmも離れた所まで来てくれました。
最初は,母の実家に行ったらしいのですが,当時はまだ存命だった母方の祖母が,私を探していると聞かされて「あの子をどうにかするのか!?」と怒ったといいます。
いやいや,そうじゃなくて〜と事情を説明し,現住所を教えてもらってたどり着いた,伯父とその従兄弟。
そうか,私のことを探してまで会いたいと言ってくれる人がいたんだなと,自己肯定感低すぎの人生を送ってきた私は,なんとなく救われた気持ちになりました。
そのときにもらった連絡先は,ずっと保管してありましたが,その後は特になんの行き来もなく,数年が過ぎました。
あるとき,通勤に使っていた愛車が壊れました。
田舎の生活にクルマは欠かせません。
困りました。
中古でも買い替える余裕がありません。
そこで,ふと思いつきました。
父に買ってもらうのはどうだろう?
母は,慰謝料も養育費ももらわず,お金には本当に苦労しました。
離婚して帰郷し,役所に生活保護を申請しました。
しかし,昔の人なのできょうだいが多く,「きょうだいに頼りなさい」と言われておしまい。
母の意地もあったのでしょうが,父にはまったく頼ることなく,私は高校まで行かせてもらいました。
離婚して何年も経った今なら,いい歳になって稼いでるだろうし,伯父さん曰く,会社を経営しているというから,クルマくらい買ってくれるかも。
こんな全力他力本願な案を思いついて,形見分けに来てくれた伯父に数年ぶりに連絡をとってみました。
伯父が「すぐにお父さんに会わせてやる」と宣言してくれて、私のクルマが壊れたおかげで、二十数年ぶりの再会大作戦の幕が切って落とされました。
次回へ続きます。
今週のお題「お父さん」