いまさらですが、通信制大学を卒業しました。
2023年3月、慶應義塾大学 経済学部 通信教育課程を卒業いたしました。
過去に「いまさら大学行ってどうすんの?」と嘲り笑った、そこのあなた。
この歳で大学で勉強するなんて、自己満足に決まっているじゃないですか。
コンビニに入って、「ツナマヨおにぎりとシュークリーム買おっかな〜」と決めて買い、おいしく食べる、そんなレベルとまったく変わりません。
よその人たちまでがそうとは言いませんが、私は勉強したいからした、ただそれだけのことです。
かつて「通信の大学なんて意味ないよねー」と鼻で笑った、そこのあなた。
偏差値67の慶應の通学生と同じレベルの勉強を、自力でやらなければならないのですが、例えば、『IS-LMモデル』についてレポートを4,000字程度で書いてみてはいただけませんか。
もしくは『近代日本の生活世界の特徴と変遷』というテーマでレポートを書いてみてはくださいませんか、こちらは6,000字ほどで、自力で。
それがむずかしければ、『代替効果と所得効果』について書いてくださっても構いません、自力になりますが、どうぞ、さあどうぞ。
そんな課題が科目ごとに出されるのですが、ぜひ添削された末に合格してみてはいただけませんか。
さらに筆記試験を受けて、こちらも合格して、やっと単位がもらえるのですよ。
あ、もちろん、レポートのテーマとは課題がまったく違うものですけど、ぜひやってみてはいかがでしょうか、124単位分。
ちなみに私のレポート提出における初回合格率は70%を超えておりますが、学友たちはみな、提出1回だけで合格することの難しさに喘いでおります。
「意味がない」とのご評価をなさる大学の課題ですので、さぞかし簡単に思われることでしょう、ぜひとも一発合格でお願いします。
2時間もあれば執筆できますでしょうか、意味がないレベルの大学のレポートごときでしょうから。
そうそう、それだけのスキルがおありでしたら、論文を執筆してみてはいただけないでしょうか。
私の卒業論文は30,000字をゆうに超えていますが、半分程度の字数でも構いませんので、ぜひお願いしますよ、ぜひ、ぜひとも。
並み居る通信制大学のなかでも慶應通信は、その難易度ゆえ、入学志願者の合格率や卒業率が格段に低いことで知られています。
ぜひ、さらっと応募して、さくっと卒業してみてください。
できないのなら、通信制大学を蔑む資格は1mmもございません。
余談ですが、ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんに、慶應義塾大学に通信課程が存在することを教えたのは私です。
近頃、リスキリングだとか学び直しが話題になっている世の中ですが、そんなことが騒がれる何年も前から、正規の大学で学ぼうと志した自分の先見の明を褒めてやりたい、時代の先取り能力ハンパねぇ私、そこらへんの小馬鹿にすることが生きがいになっている人たちよりずっと偉い、すごいよ私、そんな気持ちでいっぱいです。
自分で自分をたっぷりと褒めましたので、「すごいね〜、おめでとう〜」といった棒読みのお言葉など、いただかなくて結構です。
そうした褒め殺しにつきましては、その意図をすぐに察知できる感性を人一倍高く持ち合わせております。
高卒40代からの大学での学びが、少々の経済の知見と、慶應義塾卒というステータスをもたらしてくれました、通信制ですが。
これもひとえに、私が多大に努力したからです。
私の学生生活を支えてくれたのは、学友を除けば、夫と、母と、心の底から応援してくれた2人の友、この4名だけです。
その方々にはすでに個別に御礼を伝えましたので、ここにしたためる感謝の弁は一文字もありません。
以上
軌道修正【通信制大学の勉強がうまくいかないけど】

1年半ぶりに書いてみます。
通信制大学で学んでいることは何度か記事に書きました。
あとは卒論だけなのですが,どうにもこうにもうまくいかない。
うまくいかないというか,執筆しようという気になれないのです。
私の大学は,卒論指導を半年に一回しかしてくれないので,とても効率が悪く,気分的にもどんどん間延びしてしまうんですね。
まめに連絡を取ってくれる指導教員もいるようですが,私の先生は指導の直前に書いたものを送って,指導日にいろいろ言ってくれるだけというスタイル。
めぐり合わせもありますね。
卒業までの計画がかなり狂ってしまいました。
うまく進んでいる学友のTwitterとか見たくもない。
精神的にちょっとダウンしかけていました。
とはいえ,そこにフォーカスしてはいられない。
たまにメールで届くはてなからのお知らせ。
読者さんが少し増えていたりして,記事は古くなる一方なのに,こんな駄文でも読んでくれる人がいることに嬉しくなってしまいます。
軌道修正しなければ。
ブログを書いていない間にも,いくつかの小さくない出来事が起こりました。
夫がコロナに罹患して大変な事態になったり,私は仕事を辞めたり。
もう少し丁寧に,自分の人生に向き合っていかなきゃなと思い直す時期でもありました。
このブログをまた書いていこうと思っています。
あまり「〜思います」って言いたくないんですけどね。
もっと練った文章を書きたかったのですが,停滞させたくなくて,手が動くままに書いてみました。
トレーニングの3原理・5原則を勉強にも応用する〜その2
前回の記事はこちらから読めます↓
トレーニング3原理のおさらい
トレーニングの3原理とは,「過負荷の原理」「特異性の原理」「可逆性の原理」に大別されることを,前回に書きました。
- ちょっとだけ負荷をかける
- 一つのメニューだけでは総合的な向上は望めない
- 後戻りしないよう継続させる
これが基本です。
そして,これらの原理を正しく機能させるためには、5つの原則に基づいて行うことが望ましいとされます。
その5つの原則とは,「全面性の原則」「意識性の原則」「漸進性の原則」「反復性の原則」「個別性の原則」です。
今回は,これら5つの原則を順に見ていきましょう。

トレーニングの5原則
全面性の原則
一か所や一方向に偏らせず,バランスよくトレーニングすることで,全体的に機能を向上させることができる,という原則です。
腕立て伏せだと,肩や二の腕,大胸筋などの上半身は鍛えられても,下半身は鍛えられにくい傾向にあります。
全身の筋力を高めるのであれば,背筋や下腹部,脚なども併せてトレーニングする必要があります。
前回の記事「特異性の原理」で見たように,一つの部位だけではなく,総合的に鍛えるという視点をもたなければなりません。
語学習得の例でも書いたように,単語を憶えるだけでなく,文法も,ヒアリングも,スピーキングも,バランスよく勉強することで,高い語学スキルが鍛え上げられるのです。
意識性の原則
漫然とトレーニングをしただけでは,効果は現れません。
目的意識を持って,具体的な目標を掲げると,そこへ向かって取り組むことができます。
腕立て伏せなら,今は10回しかできないけど,50回できるようになる,という目標を設定するのです。
それを意識することが大事だというわけです。
また,腕立て伏せをしているときに感じられる筋肉の動きを意識することも,この「意識性の原則」に当てはまるでしょう。
筋トレをする人が,「鍛えている筋肉そのものの部位に語りかけながらやっている」と言っていますが,まさしくこのことです。
集中・没頭してその部分を意識することで,向上の度合いも意識されてくるのです。
前回の3原理で登場した「過負荷の原理」では,現状よりも負荷をかけることが推奨されていました。
この負荷を意識するといいでしょう。
語学学習で言えば,
- いつもは単語を20個憶えるが,それにイディオム5つ憶えることを加えることはできないだろうか?
- ヒアリング教材を2倍速で聴いてみたらどうなるだろうか?
といった具合で工夫して負荷をかけ,それを実施したときの自分の感触を意識するのです。
ちょっとキツイけど続けられそう,もっと負荷をかけられそう,というような自分の意識も,ちゃんととらえることが重要です。
漸進性の原則
『ぜんしんせい』と読みます。
物事を徐々に,順を追って,少しずつだんだん進めることを意味します。
「過負荷の原理」に沿って,能力を超えたレベルでトレーニングを続けていくと,やがて始めた頃のレベルが楽なものになっていきます。
そこからさらに向上するためには,強度を高め続けていかなければなりません。
ですが,急激に負荷を増やすのではなく,過度な負担とならないよう,徐々に設定を調整していくことが大切です。
腕立て伏せも,3回がやっとだったけれども,楽にこなせるようになってきたら,5回,10回と目指していきます。
進行度や,その人のレベルに合わせていかねばなりません。
新しい単語を1日20個憶えていたのが,急に300個憶えろといわれても,そう簡単にはいきません。
多すぎず,少なすぎず,しかし,ちょっとだけ負荷をかけるという頃合いを調整しなければ,大きな挫折につながりかねないのです。
反復性の原則
こちらも前回の「可逆性の原理」で書いたように,継続の重要性が関わってきます。
規則的かつ計画的にトレーニングメニューを繰り返してこそ,ようやく次のステップへと進めることができるのです。
この反復性の原則は,別名「継続性の原則」「周期性の原則」とも言います。
反復と継続の要素,両方が備わっている原則なのです。
毎回のトレーニングごとに強度や回数,メニュー内容を変えていては,効果の測定もしづらくなります。
同じ内容を反復・継続することで,「以前よりできるようになってきたのでは…?」と,効果を実感するときの基準となるのです。
上で書いた「漸進性の原則」につながるものと言えるでしょう。
単語を憶え,文法を学び,ヒアリングや会話演習といったことをコツコツと一定量で積み重ねていくことで,ある日,気づくのです。
「最初はあんなに苦労していたのに,あの頃よりも,読めるようになってきてる!聴けるようになってきてる!話せるようになってきてる!理解できるようになってる!」と。
後々の効果の測定のためにも,反復・継続はとても大切な原則です。
個別性の原則
人の数だけ,スキルアップの目的・目標は多種多様,星の数ほどあるでしょう。
ある一種類のトレーニングを行っても,効果が誰にでも同じように現れることはないはずです。
年齢の差,男女差はもちろんのこと,運動能力の個人差や環境,目指す方向性など,実に多岐に渡ることでしょう。
自分で調整できるのならば,その向上の度合いに応じて加減してもいいでしょう。
ですが,インストラクターやトレーナーに委ねるのも一案です。
腕立て伏せの例であれば,無理のない姿勢で行われているかのチェックや,適切な回数の指摘,場合によっては違うメニューの追加提案も受けられるかもしれません。
本当は腕立て伏せの回数を上げたいのではなくて,全身を鍛えたいのでは?
いや,筋トレをしたいのではなくて,体力をつけたいのでは?
そもそもの目標に立ち返ると,腕立て伏せが本当に必要なものではない可能性もあります。
それを正しく判定するのは,素人では簡単にできないかもしれないのです。
語学学習も同様です。
ただTOEICのスコアを上げたいだけなのでは?
いや,本当は海外旅行に一人で行っても困らないだけの会話力をつけたいのでは?
そもそも,その語学を身につけるのは,仕事のためなのか,単なる趣味なのか?
それによって,必要性や向かうべき方向性はまるで違ってきます。
すると,勉強すべき内容も変わってくることだってありえます。
「個別性」を診断する客観的な視点も取り入れ,無理なく,無駄なく,ムラのないトレーニングを行うことができるようになるでしょう。
まとめ
腕立て伏せを例に挙げても,トレーニングの3原理と5原則を応用することで,漫然とやるよりも効果が期待できます。
「何のために鍛えるのか,どうなりたいのか」を明確に意識する(意識性の原則)
腕立て伏せだけでなく,その他の筋肉も併せて鍛える(全面性の原則)
向上の度合いを見極める(特異性の原理・個別性の原則)
洗練されたメニューを繰り返す(可逆性の原理・反復性の原則)
進度に応じて負荷を増やしていく(過負荷の原理・漸進性の原則)
そして,目標を達成し,また超えていく。
こうして,能力は向上されていくのです。
トレーニングの3原理・5原則を勉強にも応用する〜その1
前回の記事はこちらから読めます↓
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『トレーニングの原理・原則』を勉強に応用する
『トレーニングの原理・原則』という概念を知っていますか。
トレーニングの効果を測定・判定することで反省点や改善点を洗い出し,さらにステップアップするためのプログラム編成や,進行状況を観察しなければ,能力の向上は望めません。
これは,スポーツ科学の分野でいわれていることですが,スポーツに限らず,あらゆる訓練やプロジェクト進行にも使えることに気づきました。
私が通信制大学の学生であることは,過去の記事にも何度か書きました。
いろいろと勉強するなか,体育理論という科目で出てきた概念です。
ちょっと気になり,関連資料を読み進めてみました。
そして,「なーんだ,スポーツだけじゃなく,すべてにいえることじゃないか」と気づきました。
それ以来,この考え方を勉強や仕事にも応用しています。
この概念は,3つの原理と5つの原則に大別されます。
今回は,3つの原理から,「過負荷の原理」「特異性の原理」「可逆性の原理」,これらを順に紐解いてみましょう。

トレーニングの3原理
1. 過負荷の原理
自分の能力を超えたレベルでトレーニングすると,その負荷に身体が慣れていきます。
すると,負荷への耐性が培われていきます。
このことを「過負荷の原理」といいます。
例えば,腕立て伏せに慣れていない人が3回やってもできなかったのが,やがて3回から5回,5回から8回へと回数を増やし,やがて何回でもできるようになってきます。
筋力が増強されていき,それに応じて負荷を増やしていったことで,それが可能になったのです。
それと同様に,最初は難解に思える教科書でも,ちょっとだけがんばって読みこなそうと思ってみる。
すると,いつの間にか,その教科書に対する拒否反応や苦手意識が薄れていくのです。
少し無理かもしれない…と感じることに取り組むという負荷をかけることで,能力の向上につながります。
成り行きまかせに進めていくのもいいのでしょうが,少しだけ負荷をかけるつもりでやってみると,それに対する耐性が強化されていくのです。
2. 特異性の原理
一つのメニューだけで,その競技のスキルすべてが向上することはありません。
たとえば,サッカー選手がドリブル練習だけ,または,野球選手がバットの素振りだけを行っても,一流選手になれるわけではないという喩えがわかりやすいでしょうか。
ボールやバットなどの道具や,ウェアやスパイクなどの装備といったものの扱いだけに慣れても,うまくなりません。
それだけでなく,基礎的なランニングや,チームメイトとの関係性に至るまで,バランス良く,総合的に鍛えていかなければなりません。
極端な言い方をすると,その能力のみを鍛えるのならば,それだけが格段にうまくなるでしょう。
ドリブルの距離や素振りの回数だけで世界一になるなどの記録も期待できるかもしれません。
腕立て伏せの例で言うならば,腕や肩,背中の筋肉は鍛えられますが,それ以外に何もしない限り,他の筋肉はほぼ変化しないといってもいいでしょう。
ですが,スポーツに限らず,勉強するにしても,プロジェクトにしても,おそらく,全体を鍛えたいでしょうし,ある一点だけが伸びれば終了・任務完了というわけではないでしょう。
語学の勉強でも,単語だけを憶えても,総合的なスキルは向上しません。
単語をたくさんつなぎ合わせれば,もしかしたら,なんとか通じるかもしれません。
しかし,総合的な語学スキルをアップさせたいなら,文法も必要ですし,ヒアリングもできるようにならないと会話も理解できません。
話すための訓練も欠かせませんし,誰かが書いた手紙に返信するなら,きちんとした文章を書ける能力も鍛えなければなりません。
関係する部門をピンポイントでトレーニングする。
これらを数種類,上手に組み合わせることが必要となるのです。
後に登場する5原理のうちの一つ,「全面性の原則」にもつながってきます。
3. 可逆性の原理
長期休養したり,現役を引退した選手が満を持して復帰したつもりが,冴えない記録のまま消え去る事例には,枚挙にいとまがありません。
競技や関連する事柄から離れたことで,向上した能力が元に戻ってしまい,それまでの能力を超えられなかったのです。
これを可逆といいます。
トレーニングを止めることなく継続することで,可逆を防ぎ,適切な効果が得られます。
とはいえ,適度な休息も必要です。
疲労を解消した上で再びトレーニングを継続することで,故障のリスクも軽減されて,さらなる能力向上が見込めます。
またしても腕立て伏せの例でいうと,腕立て伏せは単調な動きですから,やるうちに飽きてしまって,そのうち,やめてしまうかもしれません。
変化を実感できなければ,なおさらです。
勉強も,やり始めた頃は,未知の領域が刺激されて楽しく感じられますが,続けるうちにマンネリ化してしまうこともありえます。
マンネリを自覚して,少しずつでも継続する。
それを乗り越えてこそ,筋肉を鍛え上げた状態で維持できるし,勉強の効果も鍛えられていくのです。
これも,後に出てくる5原則のうちの「反復性の原則」に通じてきます。
つまり,トレーニングも勉強もプロジェクト管理も,
ちょっとだけ負荷をかけて,あらゆるメニューを工夫し,継続させる
これが基本となるのです。
長くなったので,次回に続きます。
「がんになったくらいでおとなしくなるな」【疾病利得だったのかも】
前回の記事はこちらから読めます↓
がんにかかった2008年当時に書いていたブログの下地となる日記を読み返していたら,走り書きというか,メモ書きのようなものを見つけました。
どこかで読んだ本の抜書きらしいです。
しかし,著者の名前もタイトルも控えてありません。
丸パクリにならないよう,自分が書いたものではなく,引用として載せてみます。
『疾病利得』
病気になることで得をする。
病気が生きがいになる。
↓↓↓
・休息できる
・困った問題を棚上げにできる
・自分への要求度を下げられる
・人の期待に応えなくてすむ
・辛い環境からしばし逃げられる
・周りからやさしくしてもらえる
・自分を罰することで納得できる
[これらを手放すには]
※病気を道具に使うのではなく,他の手段を使って,病気から得られていたのと同じ利益を得る工夫をする。
※割に合わないと自覚する
※治った先の人生,どんな毎日を送りたいかというイメージを持つ。病気が治ったとき戻る場所がつらいものならば,潜在意識はやっぱり治ることを拒否するかもしれない。
がんになったくらいで、おとなしくなるな
(某氏の某著書より)
がんになったのは,誰かにかまってほしかったからかもしれない
「私ががんになったのは,誰かにかまってほしかったからなのかな」
たまにこう思うのです。
人を信じられず,人に頼ることのできない性格。
自分に自信がないせいで,他者を裁くような考え方。
当然,そんなことでは誰も近づいてくれません。
ですが,病院という場所は,患者を分け隔てなく平等に扱ってくれます(たぶん)。
最初に入院した病院で,巡回してくる看護師さんのワゴンには,PCが備えつけられていました。
たまたま,その電子カルテの画面を見たら,「知的能力が高く,治療やケアの協力に積極的」と書かれているのが見えました。
「えー,私,知的能力が高いんだー♪」と嬉しくなりました。
…言いたいのはそこではありません。
余談が過ぎました。
この画面を見て,私のことをきちんと観察し,私という患者について理解しようとしてくれている,世話をしてくれるということに,とてつもない感動を覚えたのです。
最初に入院したがん研有明病院(当時の表記は 癌研有明病院)は,その前年に大塚から移転したばかりで,とてもきれいな新築の建物。
高い天井の病室は間口も広く,何から何まで行き届いていた,快適な環境でした。
お見舞いに来てくれた人たちはみな,「すごくきれい」「いいなぁ」「私が入院してた▲▲病院なんてホント汚くて〜」と,口を揃えて言います。
まさしく3食昼寝つき。
誰も私のことを責めたりなじったりする人はいません。
スタッフのみなさんがやさしく接してくれます。
初めて入院したのが,そんな環境でしたから,私のどこかにある潜在意識の中の何かが,「あんなに幸せな空間はない,ずっとあんなふうに接してもらいたい」と思ったのかもしれません。

「人生でこんなにやさしくしてもらったことはなかった 」
京都アニメーション放火事件の犯人が,自らも全身やけどで入院し,病院のスタッフからの施しを受け「人生でこんなにやさしくしてもらったことはなかった」と感謝したといいます。
彼のこの発言をニュースで知ったとき,涙が出ました。
それまで,何一ついいことのなかった人生だと彼は思っていたのでしょう。
もちろん,犯人のしたことは絶対に許されるべきではなく,私は彼をかわいそうだとも思いません。
ですが,この発言には共感してしまいました。
自分のような人間でも,手を差しのべてくれる人がいるということ。
整った環境で治療を受けさせてもらえること。
それのなんとありがたいことか。
とはいえ,それに甘えてばかりではいられません。
本当に病気を治したいのか,治りたいのか,そこにフォーカスすると,「ずっと病気のままでいたい」という人は少ないと思うのです。
疾病利得という概念
最初に手術を受けたとき,1週間くらいの入院で済んだのですが,言葉にこそ表さないものの,私の潜在意識は,『疾病利得』を存分に味わったのでしょう。
・休息できる
・困った問題を棚上げにできる
まさに,仕事を休みたい・辞めたい,だけど生活のこともあるからできないと悩む毎日。
人の下について働くということが向いていないと思い続けていました。
・自分への要求度を下げられる
・人の期待に応えなくてすむ
・辛い環境からしばし逃げられる
高度な要求や期待をされていたわけではありませんでしたが,頼まれたことをきっちりやらなければという,自分を脅迫するような仕事の仕方をしていました。
・周りからやさしくしてもらえる
難病であればあるほど,周囲の人からは,腫れ物に触るかのような扱いを受けるようになります。
・自分を罰することで納得できる
「私が○○したからバチが当たったんだ」「私が●●なことを言ったから病気になったんだ」と,私も自分を責めて罰してきていました。
病気になると得をする,許される,快適に過ごせる。
私のカラダのどこかが,こんな勘違いをしてしまったから,子宮頸がんの再発と乳がんを引き起こしたのだと,今では考えています。
ちょっとスピリチュアルな言い方になってしまいました。
でも,私はこれまでもこのブログで書いてきましたが,スピリチュアルなものは遠ざけています。
天使が,先祖が,守護霊が,といったことは好きではありません。
とはいえ,医学的に『疾病利得』という概念が存在するというのです。
そもそも,こちらのほうが先で,上に書いた本は,医学用語から発展させた著者の思想を書いたものだったのでしょう。
「まず,『侵害刺激』があると『痛み行動』が出ますよね。そして,『痛み行動』に報酬が出ると,『痛み行動』が強化されるということですね。痛いと訴える,痛そうな顔をする,じっとしている。そうすると,優しくしてもらえたり,お金が出たりすると。そうやって『痛み行動』が強化されて,抜け出せなくなるサイクルがあるんです」
そうすると,私ががんになったのも,もしかすると,カラダがそういう反応をしていた可能性があるのかもしれません。
私のことを誰もわかってくれないと思っていた。
そのせいなのか,たまたまなのか,子宮頸がんが見つかった。
そのときの入院生活が快適すぎた。
その後もずっとつらいことばかり。
また病気になれば,あのときのように誰かがかまってくれる。
そして子宮がんの再発と乳がんの発症。
がんになるのはやっぱり割に合わない!
ですが,やはり割に合わないのです。
誰かに頼りっぱなしで,自分の手で切り拓き,自分の脚で歩くということをしない人生なんて,なんともったいない。
入院生活は,誰かに管理されている生活でもあります。
自分自身のことを自分自身で管理できなくてどうする。
「生きよう」「あきらめるな」とか,熱く拳を握るつもりはありません。
淡々とであろうと,自分の人生を生きなければ,生まれてきた意味がないと思うのです。
ここで伝えたいのは,病気になった事実から,自分の生き方を省みるきっかけになればいいよね,ということなのです。
子宮頸がんが再々発したのは,乳がんの治療がさらに快適すぎたからかもしれません。
もちろんそれは,『疾病利得』の概念を通して見た,私の甘えが再々発を引き起こしたという,単なる素人である私の浅い発想に過ぎないこともつけ加えておきます。
『疾病利得』の概念をこの本で知ったとき,「一刻も早く,ここから脱出しなければ」と決めました。
再々発の手術で入院した病院では,設備も古く,一部のスタッフや患者さんとの折り合いも悪く,何よりも開腹手術というダメージを受けました。
だからこそ,「もう,二度とこの状態には戻らない」と固く決意することができたのです。
※病気を道具に使うのではなく,他の手段を使って,病気から得られていたのと同じ利益を得る工夫をする。
※治った先の人生,どんな毎日を送りたいかというイメージを持つ。 病気が治ったとき戻る場所がつらいものならば,潜在意識はやっぱり治ることを拒否するかもしれない。
どんな手段を使って,どんな毎日を送りたいか。
これをイメージするのは,なかなか大変です。
それまでの自分の領域にないものですから。
私は,イメージというか,「またこの病院に入院するようなことにはなりたくない」と思いながら,1か月半の入院生活を過ごしてきました。
その前の病院に戻ることも,もちろんあり得ない。
おとなしく病気のことだけを考えるような日常にはしたくない。
退院したらしたいことを考えたりしていました。
習い事をしようか,旅行へ行くならどこにするか,資格の勉強でもしようか,そんなことばかり考えていました。
がんになったくらいで、おとなしくなるな
「おとなしくなるな」という言葉を,私は「楽しいことだけをやる」と解釈することにしました。
他にも様々な解釈の仕方はあるでしょうが,私はあえてこうしました。
治ったら,もっと楽しいことが待っているのです。
二度と,あのつらい毎日には戻りたくありませんし,戻りません。
治った先にある人生が,自分の納得できるものであるという選択をしなければ,本当の治癒・寛解は望めないのかもしれません。
おとなしくしてはいられません。
もっと違う世界があることを知って,頭の中を楽しいことで埋め尽くしていきましょう。
集中力を持続させるためにやっていること【たった3分】
前回の記事はこちらから読めます↓
どうすれば,集中力を深く,長く持続させられるでしょうか。
私が通信制大学の学生であることは,以前にも何度か触れました。
社会人になると,勉強の時間がなかなか取れません。
短い,しかも,限られた時間の中で本を読んだりレポートを書いたりするには,集中力をグッと上げて,しかもそれを保たなければなりません。
私は,集中するまではダラダラグダグダしてしまうのですが,一旦集中すると,マッハで深く集中を持続させ続けることが得意です。
そこで,私なりの集中力の高め方,持続の方法を書いてみます。
ここでは「勉強法」ではなく,「集中する」ということに特化します。

ほとんどの科目レポートが一発合格
私が学ぶ大学では,教科書や参考文献を読んで勉強し,与えられた課題でレポートを提出します。
直接大学に行って授業を受けるスクーリングもありますが,大多数の科目は,このレポートを提出することが必要となります。
レポートが合格し,さらに試験を受けて,それが合格して初めて,単位取得となります。
これまで私は,20科目以上のレポートを提出してきました。
そのうち,3回以上提出してやっと合格したのが2科目,2回めで合格した科目が5科目,それ以外はすべて1回で合格しました。
わりと順調に合格できているのではないかなと思っています。
(思うところあって,ぼんやりとした書き方しかしていません,申し訳ないです)
科目によっては,なかなか合格できずに放棄してしまうという人もいるようです。
ですが,必修科目になると,合格して単位が取得できなければ卒業できません。
卒業するという目標を決めたからには,何が何でもクリアしなければならない関所です。
そんな状態でも,心折れることなく,集中して勉強しなければなりません。
といっても,大げさなことは何もありません。
ほんの数分だけやる
「ほんの数分だけ,やってみる」
これだけです。
それに向かって動こうとすること自体,カラダが動かないんだよ…
そんなとき,「それは甘えだ」と言う人もいます。
そういう考え方もあるでしょう。
しかしながら,体調や気分によっては,どう奮い立たせようとしても,動けないときは動けない。
「甘えだ」という人は,動けなくなったことのない,優秀な人なのでしょう。
そんな優秀な人には,自分の思うようにならない人の痛みはわかりません。
生まれてからずっと誰にも甘えたことのない素晴らしい人生を歩んでこられたのでしょう。
動けるまで待つ
動けないときは,動けるまで待てばいいのです。
私は子宮頸がんの再発と乳がんが同時に発症する約1年前,休日はずっとふとんの中にいたことが何日もありました。
モラハラを受け続けて,自分が自分じゃなくなったような精神状態が何か月も続いていた毎日でした。
今思えば,うつ病の一歩手前だったのかもしれません。
仕事もズル休みしたりして,24時間ずっとふとんの中という日々が続いていました。
それでも,自力でふとんから出られる瞬間がありました。
トイレに行くときです。
そのときだけは,どうにか立ち上がって動くことができました。
すると,そのついでにキッチンに移動し,何か食べられるものを少しだけ食べることができていたのです。
誰にも頼れず,お金もないけど,幸い,どうにかまだ,生きることを諦めていない自分を確認することができていました。
このときのことはまた別の機会にでも書けたら書いてみます。
動けたついでの3分
話がそれてしまいました。
トイレに行くことで動けるのなら,そのついでに3分だけ,集中したいことをやってみましょう。
読もうと思っていた本を手にとって,目次だけでも眺めるのです。
ここで大事なことは,「3分だけは,これ以外のことを何も考えない」と決めることです。
力む必要もありません。
たった3分です。
よく,こんなときに「好きなゲームは時間を忘れて集中できるはずだ」と例えられます。
それはたしかにそうですが,集中しなければならないシーンというわけではないはずです。
それは「結果として」集中できたのではないでしょうか。
そうではなく,「集中すべきこと・集中したいことに向かい,集中しようとしても集中できない」のだから悩むわけです。
スルッとそれに入れて,それが深く長く持続できたら,本当にいいだろうになぁ,と。
「短い時間に,1つのこと以外は考えないと決める」
これだけでいいのです。
途中でやめると続きが気になる心理
そして,ここで出てくるのが「ツァイガルニク効果」です。
ちょっとだけ着手してやめると,中途半端になってしまいます。
しかし,途中でやめると,完全にやり終えるよりも「これを終わらせよう」とする心理が働きます。
これを利用するのです。
いろんな誘惑があります。
スマホやテレビなどのニュースや記事,これは本当に強い誘惑です。
ですから,ぜひ電源を切っておきましょう。
これくらいの犠牲はあってもいいと思います。
その上で,「3分だけは,これ以外のことを何も考えない」と決めることです。
たった3分です。
集中と集中の間が間延びしないように注意
その3分と3分の間ができるだけ間延びしないように注意しましょう。
せっかく集中できていたのが元の木阿弥です。
私の体感としては,3分やって1分休む,3分やって1分休む,くらいのペースから始めればいいように感じます。
そうしたら,ちょっと疲れたかも…と思えるまで,それを繰り返します。
やっていくうちに,実は5分経っているかもしれません。
3分どころか,1分半しかできなかったという人もいるかもしれません。
それならそれでもOKです。
そのうち2分になっていき,3分になり,と増えていけばいいのです。
冒頭で自分のことを「一旦集中すると,マッハで深く集中を持続させることが得意」と書きました。
しかし,これが120分ずーっと集中を保っていられるかと言ったら,そうではありません。
3分なり,5分なり ,20分なりの細切れの寄せ集めによって,深く長く集中を持続させることができているのです。
世の中には,120分でも300分でも,ずっとずーっと集中できる人もいるのかもしれません。
ですが,残念ながら,私はそんな超人ではありません。
集中とは,他のことに意識を振り回されることなく,目の前のことだけに取り組むこと。
だとすると,「3分だけは他のことを考えない」と“決める”,これでいいのです。
こうした細切れの寄せ集めで十分なのです。
あとは自分のペースができてくるはずです。
こうして私は,通信制大学の勉強を,限られた時間の中で密度濃く集中して続けています。
環境を変えることで人生を変えた話2【誰にも言っちゃダメ】
前回の記事はこちらから読めます↓
人生を大きく変えたいのなら,強烈なインパクトが必要であり、まずは住む所を変えてみましょうとお勧めしました。
私が上京するにあたって,そのことを知っているのは,母親と,本当に仲のいい,信頼できる友人2人だけでした。
余計なことを言われることで,心が折れたり,どうでもいい人にまで知られてしまうことがどんなに面倒なことか。
今回は,環境を変えるためには,誰にも相談してはいけないということをお伝えします。

ドリームキラー
「ドリームキラー」ということばをご存知でしょうか。
否定的なことを言って、相手の夢や目標達成を邪魔する人たちのことです。
心配からなのか,嫉妬からなのかわかりませんが,聞かされた夢や目標を否定してくる人のことです。
そんな人に心を折られてしまっては,環境を変えることはできません。
「やっぱりやめとこうかな」という気持ちになってしまい,結局,元の木阿弥です。
このままでは何も変わらないと思い知ったのなら,ガラリと環境を変えるしかないと決めて,着々と,そして黙々と準備を進めましょう。
他人に人生を左右されてはいけない
私は30代に入ってから上京しました。
それまでは,親が離婚してから移り住んだ母の郷里で暮らしていました。
高校の同級生と遊んだりするのは楽しかったのですが,そんなに人数も多くなく,いつも決まったメンバーで集まることが多かったです。
ですが,どうしてもヒエラルキーというか,お山の大将的なポジションの人に,いつも小言をいわれていて,それがとても苦痛でした。
彼女は地元の名士と結婚したこともあって,顔が広く,アルバイトを紹介してもらったこともあります。
楽しくおしゃべりする間柄ではありましたが,事あるごとにマウントを取ってきたりするのが,どうしても性に合いませんでした。
東京に行きたいとずっと思い続けていたものの,当時おつきあいしていた人と結婚の話も出始めていたりして,なんとなく諦めつつあったのです。
20代半ばのある日,なんとなく恋愛がうまくいかない期間が訪れました。
だったら,いっそ別れて上京しようか。
そんなことをぼんやり考えて,ふと何気なく「東京に行こうかなと思ってる」と彼女に相談してみました。
夢も目標もつぶされる
すると。
「その歳で行ってどうするの? 親のことも考えなよ。私のお母さんなんて,もう60だよ」
たしかに,気がかりなことではありました。
この歳で。
親をひとり残していくことになる。
どうしよう。
当時,20代半ば。
その彼女は3人きょうだいの末っ子なこともあって,親御さんは60代を過ぎていました。
私の母はまだ50代でしたが,親のことを言われてしまっては…
そして私は,本当にその彼女の一言で,上京するのをやめてしまいました。
まさしく,彼女こそドリームキラーだったのです。
それから実際に上京するまで,さらに4年ほどかかりました。
彼女が言ったことは,心配だったのか,呆れたからなのか,それはわかりません。
たぶん、呆れて小バカにしていたのだと思います。
でも、彼女が私の人生を決めたのでしょうか。
いいえ,そんなわけはありません。
夢を潰されるようなことを言われても,「それでも私は東京に行く」と決めることができなかった私の弱さがそうさせたのです。
どんな答えが返ってくるか想像もせずに,悩みを打ち明けたいという欲求だけを吐き出し,そして返ってきたことばに心が折れたのです。
環境を変えたいなら誰にも言ってはいけない
環境を変えたいなら,誰にも言ってはいけません。
信頼できる人だとしても,相手をよく吟味してください。
悩んでいると,誰かに助けを求めたくなります。
発せられたそのことばに振り回されない自信があるのなら,悩んだりしませんよね。
ですが,自分の道は,自分で切り拓かなければなりません。
誰にも言わずに,淡々粛々と自分で選択していけば,たとえ間違っていたとしても,他人のせいにすることのない,誠実な自分が築き上げられるのです。
黙って上京した
それから数年後,長くおつき合いしていた人とお別れしました。
勤めていた職場も辞めました。
紆余曲折あったのち,本当に上京することを決めたとき,先にも書いたとおり,母と,信頼できる友人2名にだけ伝えました。
その友人たちが送別会を開いてくれて,気持ちよく出発しました。
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例のお山の大将の同級生には,一言も言いませんでした。
母の話によると,母が勤務する職場に彼女がやって来て,居所を尋ねられたといいます。
心配しているという内容が書かれたはがきも旧住所から転送されて来ました。
もちろん返事なんて出しません。
ですが,さらに数年後,母からとんでもないことを聞かされました。
余計なことまで言いふらされる
なぜ私が地元にいないのか,従兄弟から尋ねられたそうです。
学区も高校もまったく違うので縁のないはずの,その従兄弟と,私の別の友人が,なぜか知り合いになってしまったらしいのでした。
狭い土地では、こうした危険もあります。
居場所を尋ねられた従兄弟も答えられるわけがなく,「あいつはどこにいるんだ」と,ちょっとした騒ぎになったとのこと。
噂の出処は,あの彼女しかいません。
どれだけ言いふらしたのか。
とはいえ,母には箝口令を敷いていたので,どこにいるかは誰も知る由もありません。
申し訳ないけど,お世話にもなったけど,もう支配されたくない。
現在も数年に一度,母の家へ行くことはありますが,彼女たちに連絡をすることはありません。
もはや,「帰省」とすら表現していません。
いまなら,名前をググったら出てくることもあるでしょうから,それで知っているかもしれませんね。
ですが,それでももう会うことはありません。
環境が変われば,人間関係もスッパリと変えられます。
あと必要なのは,ほんのちょっとの忍耐,そして少しのお金です。
続きは次回。
